※改めまして映画調査ファイルの区分はこちら。
トルテさん、本部から差し入れが届きましたので送付しますね。
ん?今朝受け取ったこれか?⋯チーズケーキか。
⋯⋯すまない、今日は食べるのは遠慮させてもらう。
え⋯!?とてもおいしいのに!?どうしてですか!?
今日の調査のせいで少々チーズに抵抗ができてな⋯。
な、なんだかよくわかりませんねえ⋯。チーズが怖いだなんて⋯。
今回調査報告する映画について聞けばきっとチーズが怖くなる。
『マッド・ハイジ』
チーズ製造会社のワンマン社長でスイス大統領でもある強欲なマイリは、自社製品以外のすべてのチーズを禁止する法律を制定し、スイス全土を掌握する恐怖の独裁者として君臨。それから20年後、アルプスに暮らす年頃の女性ハイジは、禁制のヤギのチーズを闇で売りさばいていた恋人のペーターが見せしめのため目の前で処刑され、唯一の身寄りである祖父も山小屋ごと爆破されて殺されてしまう。愛する者たちを失ったハイジは、復讐のために戦いに身を投じる。
マッド・ハイジ : 作品情報 – 映画.com (eiga.com)より引用
あらすじはざっとこんなところ。
ざっくり言うと、チーズのために大切な人が犠牲になってしまったハイジの仕掛けるチーズ戦争だ。
『マッド・ハイジ』とは?
- スイス本国で初のエクスプロイテーション映画。
映画の中には興行成績を上げるために、タブーとされる題材を取り上げて低予算で金もうけをしようとする低俗な映画のことを指す「エクスプロイテーション映画」というものがある。
今作も『アルプスの少女ハイジ』という名作児童文学という題材を取り上げ、エログロを加えて低予算でもハイジのネームバリューで観客の注目をひき、金儲けできるエクスプロイテーション映画だといえる。
1950年代以降のアメリカ映画で量産された作品だったようだが、最近だと、クマのプーさんをホラーにした『プー あくまのくまさん』もそのジャンルだ。
しかし、『マッド・ハイジ』は「スイス初のエクスプロイテーション映画」であるとのこと。
初のエクスプロイテーション映画がどれほどなのか注目ポイントだ。
スイス初のエクスプロイテーション映画を飾るのがハイジとは⋯。
- 『アルプスの少女ハイジ』がパブリックドメインとなったことにより実現
先程伝えたように『プー あくまのくまさん』と今作にはエクスプロイテーション映画であるという共通点があるが、他にも共通点がある。
それがパブリックドメインとなったことにより実現した企画という事だ。
通常、知的創作物については著作権などの知的財産権が発生してその権利が守られるものの、その保護期間が満了すると一転、誰でも使用できるコンテンツとなる。
保護期間については、国によって異なるがその作品の知的財産権所有者が没後の50~70年ほどといわれており、そうなると、こういった原作を題材にした二次創作のような作品を作ることも可能となる。
スイスでは著作権を持つ人物が亡くなった際に子供などが権利を継承するものの、本人が亡くなって75年たてば公共の財産となる。
原作者ヨハンナ・ジュピリが1901年に亡くなっていてパブリック・ドメインとなっているということもあって今作の製作に至ったそうだ。
今後もパブリック・ドメインとなる作品の扱いには要注意だ。
- スイス本国で反発の声も多数
今作はクラウド・ファンディングによって製作が実現したのだが、決まってからの反発の声もあったとのこと。SNSなどでは「私たちのハイジになんてことを」という声も寄せられたのだとか。
そして今作の製作にあたり興味深い話も2つほどあった。まずはタイトルが『ハイジランド』となる予定であったという事だ。
こちらについてはもともとあった『ハイジランド』という観光施設が「タイトルを変えなければ訴える」として、今のタイトルになったのだそう。
そしてもう一つはスイス伝統衣装協会との事件があったのだとか。
今作の衣装のデザインに協力した協会のメンバーが、協会から追放されたらしい。スイスの伝統衣装をいじるという事で今回の映画は協会の逆鱗に触れてしまったということだな。
ここまで逆風の状況でも製作を続けるのかとある意味感心する⋯。
ここがすごい!
- 無茶苦茶すぎる原作改変
- ハイジを翻弄するチーズ
- 権力の暴走と大勢順応主義への警鐘
というわけで1つずつ見ていこう
無茶苦茶すぎる原作改変
あの誰もが知るハイジの復讐劇!?ちょっとよくわかりませんが、そんな世界観でしたっけ?
勿論そんな話ではないからこそ、そういった話に持っていくために潤沢な改変がなされている。
今作についてだが、言わずもがな原作とは完全に別物ではあるものの、ハイジのDNAを残しつつすさまじい原作改変が施されている。
ハイジといえばヤギ飼いのペーターや牧場生活をハイジと共にしたおんじ、ゼーゼマン家のクララや執事のロッテンマイヤーさんなど魅力的キャラにあふれているが、ペーターは闇チーズ売買を行っている黒人の青年、クララはハイジと共にスイス大統領の手下に捕まる囚人、ロッテンマイヤーさんはスイス国の軍人司令官という設定になっている。
もうすでに無茶苦茶だが、ペーターを殺されたハイジはスターウォーズのような修行を重ねて大統領への復讐を決意し、人々を奮い立たせるジャンヌ・ダルクさながらの聖女となり、クララに至っては囚われた牢屋の中でスイス国家からチーズ漬けにされるという、。「ハイジだが何でもあり」のハチャメチャな画が終始続く。
これでは原作ファンの中でも反発する人が出てくるかもしれないが、ここまで振り切っているとむしろ清々しい気分になれる。
特に今作のクララは原作のような車椅子の少女じゃないが、ハイジに立つように仕向けられたり、終盤車椅子にしっかり乗る等無駄にリスペクトがなされているのも面白い。
チーズがハイジを翻弄する
そして今作の主役だが、ハイジ以上にチーズが主役だ。
チーズが主役⋯?ますますどういうことかわかりません⋯。
全編チーズを軸に話が進むという事だ。ハイジとチーズは切っても切れないものがあるらしい。
『マッド・ハイジ』というタイトルからこれはハイジ映画だと一見思われるが、今作はそれ以上にチーズ映画としての色が濃い。いや、寧ろ全編通してチーズ臭い。
まずこの物語だが、ハイジ達が大人になる前の20年前のスイスで、チーズ製造会社のワンマン社長であり、大統領として政権を握ったマイリが国内でのチーズ製造を自社以外で禁止し、その反発デモが起こるシーンから始まる。
そして、そのデモを暴力により鎮圧したマイリは20年後に秘密裏でチーズの売買を行っていたペーターを「反逆者」として始末させてしまい、それによりペーターの知人とみられるハイジもスイス国に捕まってしまう。
マイリは自己利益を優先しており、その為に先に述べたような国のチーズ製造を独占したり、また国のチーズ製造量と消費量を上げるために、チーズを食べれない乳糖不耐症の人間を異端として連行していた。
大切な人を殺され、自らも拉致されそんな祖国に対してハイジは復讐を決意する。
国家を巻き込んだ壮大な復讐劇という一見シリアスな内容に見えるが、この争いの原因はチーズだ。
つまり、なんともバカバカしいが、こんな調子で物語の中心がチーズに侵食されてしまっている。アニメなどでも「ハイジのチーズフォンデュはおいしそう」という声を聞くぐらいチーズは重要な食料だが、今回は拷問の道具にまで使われていて何とも言い難い。
そんなバカバカしさが今作の魅力でもある。
権力の暴走と大勢順応主義への警鐘
な、なんてバカバカしい⋯。笑えそうですが中身はスッカスカですね⋯。
中身はスカスカかもしれないが、意外と現代に通ずる描写もあったように思えたな。
エクスプロイテーション映画ではあるものの、今作には今の世情に通ずるような描写がある。それが、権力の暴走と大勢順応主義への批判だ。
今作でスイスの統治者であるマイリは大統領として得た権力を振りかざしてチーズの製造を独占し、自分に従順になるマッドなチーズを科学者に作らせてしまい、それをばらまき自身に都合の良い傭兵を作り出そうと試みた。
そして、チーズの製造について視察に来たフランスの使節団に対してその危険なチーズを使って自分の都合のいい駒にしてしまう。
やっていることは暴君そのものである。
自国の利益のために他国を攻撃する手法、現代で見るとウクライナ侵攻を想起する残酷な描写であったように思えて、コメディとしてマイルドに描かれてはいるものの、その実ヘビーなものに見えたな。
あとはこのチーズにより支配されたスイス国家の国民たちがチーズ漬けになり、マイリのやることに異を唱えることなく、ただ付き従い自身の信念を失ってしまっているような状態になってしまっており、それにより独裁政権下の大勢順応主義の危険性を秘めている。
そういった権力の中で己の信念を持って戦うことを説くハイジの姿は、オルレアンの解放で有名なジャンヌ・ダルクさながらの勇ましさがあり、その勇姿に思わず見とれてしまうほどだ。
MIA的映画調査提案
- 『プー あくまのくまさん』
今年公開された『クマのプーさん』のホラー映画だ。この作品も『クマのプーさん』の著作権が喪失し、パブリック・ドメインとなったことで生まれたB級スプラッターだ。
総じて「プーさんでやる意味があるのか」という思いになってしまうが、今作と似た境遇の作品ではあるので一見の価値はあるかもしれないな。
- 『ナイチンゲール』
オーストラリアで流刑囚になったアイルランド人のクレアが夫と子供を英国軍将校に殺され、その復讐を誓い旅に出るという話だ。
マッド・ハイジからバカバカしさを取った全編シリアスな内容で、彼女が復讐を決意するまでの過程もこちらの方が悲惨に描かれている。今作の復讐劇をもっとヘビーにしたものを見たい人にオススメだ。
- 『バッドマン 史上最低のスーパーヒーロー』
役者としての夢を追いかけつつもなかなかチャンスをつかめない男セドリックが、『バッドマン』という新作映画の主演に抜擢されるも、ある日事故に合い記憶を失ってしまうコメディ映画だ。
決してパブリック・ドメインではないため、パロディではあるのだが、某アメコミ作品や某俳優のパロディを怒られそうなレベルに詰め込んできている。
ハイジレベルのギリギリな笑いがツボな人にはオススメだ。
最後に
以上が今回の調査だ。
やりたい放題で、映画としてのクオリティが高いわけではないが憎めない、B級の良さを感じる作品だったな。
今後もパブリック・ドメインの毒牙にかかる作品は多そうですね。
恐ろしい⋯。
あと、この作品の公開日がハイジのアニメを手掛けた宮崎駿監督最新作公開日と被っているのも面白い。
『君たちはどう生きるか』ですよね!⋯って、いやいや!ならそっちを調査して下さいよ!?
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